2009年5月6日
ほくろのかみさま
ひととちがうことはわるいことかな。
ぼくは背中の右肩あたりにおおきなほくろがある。
ピンポン玉ふたつぶんくらいの大きさの。
ちいさいほくろがたくさん集まってるようなかんじだ。
はっきりいってちょっとへんだ。ぶきみだ。
ちいさいころ、それがとてもいやだった。
いまでもいろいろ気をつける。ランニングはほとんど着たことがない。
なんでぼくだけこんなのついてるの。
身体検査やプールの時間がいやだった。
裸になるとやはり目立つ。
みんなにじろじろ見られるのが恥ずかしかった。
気持ち悪がられたり、心配されたりもした。
病気になってしまうよくないほくろもあり、その場合は皮膚科にいって取ってもらった方がいいということを知ったある日、そのことを母に相談した。
ほんとうは病気よりなにより、これ取ってしまえるんだ、ということがうれしかった。
しかし皮膚科に行くまでもなく、看護師だった母によってあっさりと「まあ、これはとらなくて大丈夫でしょ」と診断された。
ぼくは絶望した。
たかがほくろだけれど、当時のぼくにとっては一生抱えていかなければならない重い鎖のように感じていた。
そんなある体育の時間の終わり、このほくろをクラスの友達にからかわれた。
肩にうんこがついているぞ。
ぼくは気がつくと友達に飛びかかっていた。
そうでなくても当時のぼくは喧嘩ばかりするひどい問題児だったのだけれど、このときはとくにひどかった。
全治2週間のけがをさせてしまい、大問題となった。
度をこえてしまったことを後悔した。
けれどおそかった。
後日、校長室にまで呼ばれ、詳しく聞かれたけれど、
ほくろをうんこと言われたから、
とは口が裂けても言いたくなかった。
だから黙ってただ泣いていた。
ぼくの背中のほくろはもううんこ同然だった。
あそこの家は共働きだから…、と保険の先生と担任の先生が話しているのを聞いた。その両親はすぐさまお見舞いを持って相手の家にあやまりに行ってくれた。その後こっぴどく叱られた。
そのときぼくがほくろのことを親に言ったかどうかはもうよく覚えてないのだけれど、それからしばらくたって、母がいきなりこんなことをぼくにいった。
そのほくろがあったら、もしも身元がわからない遺体となったとき、背中のほくろであきひこだってわかるんだよ。
えんぎでもないこと言うなあと思った。
で ちょっと泣いた。
取ってはいけないな、と思った。
このほくろとセットでぼくだと思った。
それから背中のほくろのことをまるで気にしなくなったかというとそうではないし、のちに高校生になったころなんとそこから毛まで生えてきて、いよいよ異形のものとなっていったときはさすがにおーい!と思ったけれど、
でもまあぼくとセットだからしょうがない。
しょうがないついでにスイミングスクールなんかにも通わせてもらうようになったから、脱ぐの嫌なのに、いつのまにか水泳が一番得意なスポーツになってしまった。
たかがほくろの話。
ぼくらにはいらないものがたくさんくっついてる。
外見だけじゃなくこころの中にも、まわりにも、状態にも。
でも、セットかもよ。
それも自分とセット。
いいたかないけど、ときにしょうがない。
ほくろとはわけがちがうけれど、それはまるでほくろのようでもある。
それをただ悲しい運命とするか、なにかを感じるかは自分で選べる。
自分のタイミングで。
いや、特に話を大きくする必要ない。たかがほくろの話。
そう、クラス対抗の水泳大会のリレーでアンカーをやったときのこと。
下馬評で劣るぼくを応援してくれる、当時つきあっていた彼女にぼくは
だいじょうぶ、勝つよ
だっておれここに、ほくろのかみさまついてる
と背中を指さして言ったのです。ぬけぬけと。
…まあ、そしてほんとうに逆転して勝ってしまったのは、どうにも出来過ぎててしかもだいたい自慢含みだけど、本当の話。
それ以来、右肩でほくろのかみさまがぼくを見守っていてくれる。
都合のいい時ばっかり、とおこられてるけれど。
たかがほくろの話。
投稿者 :ナカヤン |



