2009年3月30日
だめなひと
全日本だめなひと選手権というのがある。
いや、ないけどあるとする。ないけど。
あるとして、ぼくはそこで上位に食い込めるかというとそうでもないと思うのであります。謙遜でも自己擁護でもなく、どちらにせよどうも中途半端、という意味であります。
筋金入りのだめなひとというのは、その筋金のせいか、一本筋が通っているのであり、何かの拍子にとてつもなくかっこよく見えたりするものであります。
例えば故赤塚不二夫先生もそのお一人ではないかと思うのであります。この間テレビで特集やってましたが、あらためてそのだめでばかでてんさいで人間でやさしい人物像に惚れたのであります。
「だめなひと」と「ダメな人」はやはり違うのであります。
「だめなひと」はだめであるほどダメではなくなるのであります。
「ダメな人」はダメであるほどダメなのであります。
せっかく読んでくれてるのに置いてってる気もするけど、これ以上に書きようがないのであります。
ひらがなが意味を持つパターンであります。
心とこころとココロは違うアレであります。
だいいち「だめなひと」の方が数倍艶があるのであります。
「もう、ダメな人」
と言われたら、それはきっと見捨てられているのであります。
「もう、だめなひと」
と言われたら、それはきっと愛されているのであります。
「モー、ダイナマイト」
と言われたら、それはきっと牛か爆弾なのであります。
話がそれました。
同じ駄目科ならば「だめなひと」目のほうに種別されたいところであります。そこんとことても大事なのでありますが、ぼくはどうやら「ダメな人」の方にランクインしているのであります。口惜しい。それは自らのこれまでの所業であるがゆえ、より口惜しいのであります。がくん。
一度「ダメな人」となってしまうと「だめなひと」になるのは至難の業であります。そもそも「だめなひと」になりたい「ダメな人」なんていよいよ駄目なのであります。
だからこそ、いま自分が駄目科に分類されるなあと思っている方にぜひとも伝えたいのであります。
駄目科なら「ダメな人」ではなく「だめなひと」になってください。
「良い人」になるのもいいけれど、むしろ「だめなひと」に。
思いやりと正直さをわすれずに。
ぼくのちかくには「だめなひと」が多いです。
それはとてもしあわせなことだと思います。
ちなみに「バカな奴」と「ばかなやつ」も「ばかなやつ」がリードしているという個人見解であります。セリヌンティウスは「バカな奴」ではなく「ばかなやつ」なのであります。男が男に惚れるのであります。
ぜんぜんわからなかったらごめんなさい。
やはりぼくはダメな人なのであります。がくん。
投稿者 :ナカヤン |



