2008年1月25日
手帳
無防備であることと狡猾であることが対極にあるならば、世の中に生きる人のほとんどはその両方を持っていなければつらい。
無防備と無意識は似てるけれど違う。
狡猾とたくましさは違うけれど似ている。
そもそもひとつひとつの言葉にもつ印象は人によってまちまちだから、より正しく伝えるにはよりたくさんの言葉で表現するか、伝えることの内容自体をシンプルなものに変えるか、あとはなんだかよくわからないものに頼るしかない。
歌詞の場合はその点において優位なことがありそう。
正確に伝えることよりも大事なことがあるような気がするから。
自分らしさを見失っている人に自分らしくあれ!と言葉にするのは簡単だ。
でもそれは傲慢でもある。まずは原因をつきとめなければならない。
……そんなようなことが手帳に書かれていると、この人大丈夫か?とも思うのでありますが、後で読んで思わず寒気がしたり、過去の自分に発奮したり、今の自分と比べたりするのにとてもいいのであります。
内容の如何(いかん)ではなくて、その書かれた文字の想いがわかるから手書きはいい。自分用なのできたない字なのが素でいい。
さて、今日は風も強く寒かったのでバイクがきつかった。
手袋やヘルメットの隙間から入り込んでくる冷気がぴりっとしてた。
でも桜の木はつぼみを確認できるまでになっていました。
ずっと首が痛くてそのせいなのか頭もいたかったので、枕が悪いのではと思い、新しいのを買いました。
で、寝てみたのですが、うーん、微妙です。
低反発でありながら低反発だけでもない中途半端なタイプというのが、選ぶときにはよく、使うときにはよくない。
中途半端はよくない。そして中庸を尊べ。
投稿者 :ナカヤン |



